月夜見
“夏の名残りの” 〜大川の向こう より
  

そこは川の中洲に古くからある土地で、
そんなせいか、年中 水の香りがして、
里の中を吹き抜ける風が心地いい。
小さな波止場には、
川向こうの町とを結んで行き来する艀
(はしけ)が停泊し、
そこからのゆるやかな傾斜の坂を上れば、
道の両側には家々を囲う石垣やら生け垣にとりどりの緑が覗き。
夏はキョウチクトウの鮮赤と緑が、
青い空との拮抗も逞しく映えていて。
時折思い出したようにパタパタと駆けてゆく子供らの、
石畳をはたくような靴音が響くほかは、
あちこちから競うように聞こえる蝉の声しか立たぬ、
どこかのんびりした時間の流れる、鄙びた田舎町。

 「おーい、ルフィ〜。」

白っぽく乾いた坂を上り詰め、
幼なじみの家まで辿り着いた いが栗頭の少年が、
ブロック塀の門柱のところから、そんなお声を掛けやった。
彼の方の自宅は、
昔っから営んでいる製粉業の都合からか、坂の下の方にあるけれど、
こちらのお宅は、
川を行き来する船の融通を利かすお仕事をこなしている関係で、
大川のご機嫌を読む必要から坂の上にあるのが対照的で。
いつもだったら、約束があろうがなかろうが、
こっちのお宅の小さな末っ子、坂をパタパタと下って来、
波止場前から別の辻を少し登り直すという手間をも惜しまずのほぼ毎日、
年上のお兄ちゃん目指して遊びに来ているものが、
今日はいつまでたってもやって来ない。
夏休みなんだから寝坊してんじゃないかと、
トースト齧りつつ姉は言ったが、
その夏休み中のずっとを朝も早よから来てたのに。
あと数日でほぼ終わろうって今頃にやっとそれってどうかと思い、
ともすりゃ一緒に食べることも珍しかなかった朝ご飯をもそもそ食べて、
一緒に見てたんで習慣になってる朝のアニメを観終わって、
それでも来ない幼なじみが気になったゾロ。
どこへとは言わずの“行って来ます”と家人へ声かけ、
自分チからのまずはの坂を下りてったワケで。
こめかみ辺りを伝う汗を、日焼けした手の甲で拭うと、

 「ルフィ〜。」

名前だけの呼びかけを繰り返す。
約束がないのはお互い様だし、
何かにへそ曲げた坊やを宥めてほしいと、
こちらの家事をこなすお姉さんから呼ばれることだってあるくらい。
遊びましょという声かけは、ちょっと恥ずかしい年頃だったので、
何度か名前だけを呼びかけていたのだけれど。
坊や本人どころか、家人の誰も出て来ぬ様子。
昼前だからお買い物かな?
それとも川べりの事務所の方に、大人は皆して出てっているのかな?

 「る…、?」

も一回と呼ばわりかかった自分の声をふつりと制し、
じーわじーわとうるさいばかりな蝉の声を聞く。
いやさ、その向こうに別の音が立った気がした。
言葉にならぬ、物音のような声。
あーう わーうと猫の子が吠えるような声。
滅多に聞けぬそれだから、思い出すのに間がかかったけれど、
想いが至ればそこからは早くて、
あっと言う間に門の中へと飛び込んでいるゾロだった。
川の向こうのこじゃれた分譲住宅みたいに、
どこの家も同じ造りというずぼらはなくて。
こちら様のお宅は、母屋の南に物干しを兼ねた小さめの庭がある。
目隠しを兼ねたものか端っこには小ぶりなキンモクセイが植わってて、
秋にはいい匂いがするのだが、今はまだ緑の葉っぱだけ。
その木の根元、青々とした芝草の上に座り込み、


 「……ルフィ。」


幼なじみの坊やがうずくまってる。
赤いタンクトップには、
どこか外国のバスケチームのそれだというロゴが刷られてて。
勇ましいはずのいで立ちが、
だけども今は…せぐりあげの震えを見せるばかりだもんだから。
小さな肩の細っこさが、ますますのこと頼りなく見えた。
ここんちは男兄弟なのに、あんまりお下がりを着せられることはないルフィ。
体格が違ってサイズがあまりに合わないのと、
ワイルドな腕白という野生児だった兄のエースとは微妙にタイプが違い、
そりゃあ愛らしい風貌をしていることを愛でた父上が、
赤が似合うからと言って、次々買って来てしまうかららしく。
まあ確かに、日頃ばたばた駆け回る姿さえ、
(いとけな)さが際立つ愛らしさなのは否めない。
本人は兄へ続けとワイルドを目指しているようで、
お兄さんの真似か、一丁前な口利きをすることもあるけれど、
舌っ足らずな物言いは、大人たちからは微笑を誘うばかりと来て。

 「ぞろぉ〜〜〜。」
 「どしたよ、ぽんぽん痛いのか?」

くしゃりと歪んだ幼いお顔。
やっと訊いてくれる人が現れた安心と、
我儘ぶつけられる胸、来るの遅かったぞと怒る小さな拳と。
それでも小さな“ぐう”はすぐにもほどけて、
わーん、あーんと愚図るの再開。

 “…う〜ん。”

何でまたと訊き出すの、こりゃあ骨が折れるかもと案じたが、

 ―― かさり、と

すぐの間近から立った物音があって。
それへと視線を投げたゾロ、
はは〜んとすべてを把握した。
庭へ降り立つための大きな靴脱ぎ石の傍らに、
こてんと横になって転げた木箱があり。
その傍らで、
戦利品のかまぼこ板にじゃれているのは、
つややかな毛並みの、黒っぽい縞のトラねこだ。
ここいらじゃあ他には見ない、
金のペンダントトップを下げた首輪が目印の、

  ナミんチのミィミだな。
  おお。

気の強いナミが、
賢い良い子と甘やかしまくりで育てたもんだから、
ナミ以外の前じゃあ、とことん我儘だし悪戯しまくりのとんだ魔性猫。
すばしっこいので誰にも捕まえられないまんま、
中洲の中ではやりたい放題していたものが、

 『キャーッ、なになに、ミィミどうしたの!』

尻尾には立て結びのリボンを3つ、
首輪には『わたしは悪戯しまくる悪い子です』との前掛けつけられ、
よたたと家へ戻ったのが発見されて。
誰がやったかは知らないが、
ちょこっと胸がすいたという人が結構いたもんだから、
しばらくほど ご町内の話題になっていたけれど、
それはまま後日のお話。

 「せっかく、マキノ、さんっが、板、集め、て、くえたのにぃ。」

今年はね、全部自分でやってみた、夏休みの工作のしくだい。
かまぼこ板を使った何かを作って来なさいという定番のそれなのは、
毎年同じなら前以て素材のカマボコ板を集めとけるという、
利点
(?)もあってのことなのだけれど、
まま、今はそれもさておいて。
結構 様になってる作品を作ったのに、
昨夜、エースにちょっとだけ…支えとくのとか手伝ってもらって、
ボンドが乾くのを待って、朝一番にゾロに見せに行くんだと張り切っていたのに。
沓脱ぎ石ンところに出しといたらば、
かまぼこ板の匂いに誘われたものか、
ちょっかい出した悪戯者が、石の下へと転ばした挙句、
屋根の部分の天板をすっかり剥がしてしまったらしい。
それへとじゃれて遊ぶ姿がまた、ますますのこと憎らしいが、
相手は猫だから、

 「ネコは、弱いから、叩いたらダメて、くいな姉ちゃ、ゆってたし。」

大好きなお姉さんの言ったこと。
だから守って我慢した。
癇癪を起こしかけたのは、何とか押さえられたけど、
悔しくてしょうがないのか、
ひっくひっく・えぐえぐと、しゃくり上げつつ、
ところどころで途切らせながらも言いつのる坊やの頭を。
あんまり優しいとは言いがたかったが、
それでもわしゃわしゃ、彼らには通じる愛情込めての撫でてやってから。

 「…しょうがねぇなぁ。」

どこにでもあって形が揃ってて、
子供の工作の素材には打ってつけだが、
そうそう集まるもんじゃないというのが難点なカマボコ板は。
どこんチの子供も同じものを使う関係で、
こんなまで日の詰まった頃合いでは、
どこのお宅でも使い切ってのすっからかん状態なのに違いなく。
川の向こうにでも出てっての、
仕出し屋さんとかお弁当屋さんに行けば、
案外あったかもしれないとは、
晩になって夕食の宅を囲んだころに、
くいなが言ってた善後策だったが、
そんな妙案が、まだ幼い二人の頭に浮かぶのは難しく。

 「絶対絶対、かまぼこ板だけで作れってんじゃねぇよな。」
 「えっと…。」

ほら、覚えてねぇか?
去年だったか市の賞取った、カヤの作ったの。
蓋のつまみや何やにドングリを貼って飾りにしてたのが可愛いって、
それもあって入選してたろ?

 「だからさ。
  ちっとだけなら、カマボコ板じゃねぇもん使ってもいいんだよ。」
 「うんっ。」

とはいえ、蓋の部分にあたろう天板一枚分、
カマボコ板も2枚を並べて貼ってた幅のあるものを補おうと思ったら、
ちょっとした“板”をすげ替えにゃあならなくて。
そこだけあまりに別なしっかりした板なのは、
悪目立ちがするばかりでバランスが悪すぎる。

 「周りんトコとか、絵の具で塗れば一緒だぞ?」
 「でもさ…。」

倉庫にあった色々な切れっ端、片っ端から当てがってみたけれど、
なかなかピンと来るものはない。
大工道具の箱の蓋、平らだから一番近いかも、
でもこれ切ったら叱られるかななんて、恐ろしいこと思っていたところ、

 「のこぎりは あんま使っちゃダメだろうが。」
 「そだっけ?」

あくまでも子供が作るものだからと、
一年生二年生の工作は、
出来ればノコギリや金づちは使わせぬようにと、
保護者への通達が出てもいる。
じゃあ尚更、同じ大きさの板なんて見つかんないようと、
口許をくしゃりと歪ませかかったルフィだったが、

 「…うん、そうだそうだ。」

ポンと手を打ったゾロ、
まあ任せとけと にっかと微笑った笑顔が、そりゃあ頼もしかったので、

 「はやや〜〜。////」

恐らくはそれが見本になったもの、
口許横に にっぱと引いて、
しししっと笑うのが、ルフィ坊やの一番の笑顔の雛型になったとか…。





     ◇◇◇



そうやって小さな坊やを泣き出させぬままに、
頼もしい幼なじみが手伝った工作は、
その年の低学年の工作部門で、市長賞をいただいた出来となった。
手前への傾斜を見せる屋根部分の天蓋へ、
庭で集めた椿の小枝、丁寧に蔓で編み込んで板みたいな幅もたせ、
それを貼っつけて代用にしたところ。
本体の白木とのコントラストが、
何とはなくカントリー調の雑貨小物風になったので、
これはお洒落で可愛いねぇと好評を博し、
そんなところへまで引っ張り出された、正しく怪我の功名で。

 「そうそう、まだあるんだぞ、あれ。」
 「ああ、郵便受けな。」
 「??? 違うぞ、鳥の巣だ。」

でも、カマボコ板じゃあ またまた猫が集まっちまうぞって、
要らんことを言ったシャンクスが、
末っ子に蹴飛ばされたのも懐かしいおまけ話。
今もあんまり変わらぬ川の中洲には、蝉の声と木陰には涼む猫。
そしてそして、
腕白盛りの子供らが、駆け降りて来る靴音が響いては、
過日の夏を繰り返す。


  ―― なあゾロ、俺、今度は長く居られんだ。
     そっか。
     また、カマボコ板で何か作ろっか。
     今度は猫に攫われんなよな。


詳しく言わずとも、付随するところまでもを覚えてるのが腐れ縁。
ちょっと待てよ、今時は板なしのかまぼこも出回ってないか?
ああ大丈夫、
ここいらじゃあ相変わらず、獅子尾堂のカマボコが一番人気だから。
そんなせいでか、子供らの宿題も 相も変わらず同じお題だけどもなと、
くくっと片方だけ口の端を持ち上げて、大人びた笑い方をするゾロへ、

 「〜〜〜そっか。/////」

ああ、今度はこれの真似しようなんて、
ルフィがこそり企む、晩夏の夕暮れ。
坂の上から聞こえて来るのは、あの独特なひぐらしの声だけで。
黄昏間近な里の風、ほのかに赤く染まって見えたのでありました。




   〜Fine〜  09.09.01.

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    ひゃっくり様 『大川の向こう設定で 夏休みのゾロル』


  *何だか変梃りんな夏でしたが、今日からはもう九月。
   皆様いかがお過ごしでしょうか。
   昨日は台風の影響で、関東以北では大荒れだったそうですね。
   北海道は今日も大風だとか、ご用心くださいませね。

  *拍手お礼に掲げた大元のお話はこっち。


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